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チャン·グンソク「♥ハジウォンと初キス、実際に好きだった…」'ファンジニ'編集室で全て知っている" [オクムンア総合]

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Han haesun

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俳優チャン·グンソク/写真=キム·チャンヒョンchmt@
俳優チャン·グンソク/写真=キム·チャンヒョンchmt@

俳優チャン·グンソクが自身の「芸能人病」を認めた。

5日に放送されたKBS2芸能「屋上部屋の問題児シーズン2」(以下「オクムンア」)では「アジアプリンス」チャン·グンソクがゲストとして出演した。

チャン·グンソクは「『アジアプリンス』というニックネームを自分の口で言っていた」と言い、最初から熱い話術を披露した。 また「一時は慣れていたニックネームだが、最近は年齢があってプリンスと呼ばれると恥ずかしい」と謙遜(?)を表わし、まもなく「今はAPと略して言う」と明らかにし笑いを誘った。

一方、チャン·グンソクは1993年、5歳でデビューしたベテラン俳優。 しばらくリフレッシュの時間を過ごした後、最近旺盛な活動を再開した彼は、「34年間、一度の休みもなく走ってきたので、自分を消耗している感じだった。 固定されたイメージを消してみたくて休んだ。 これからは復帰するタイミングになりそうなので戻ってきた」と背景を明らかにした。

韓流スターとして日本の教科書に登載されたというチャン·グンソクは「テレビに出てきた車を見て『あの車に乗ってみたい』と独り言を言ったことがあるが、その話を聞いた日本のスタッフが10分で実際に車を手配してきたことがあった」と話し驚きを抱かせた。 また「全国区のラーメンフランチャイズ社長がいつでも通貸館が可能な無制限カードである『ブラックカード』をくれた。 日本で2-3人しか受け付けないのだ。 それを受けて『私は本当に成功したんだな』と思った」と驚きのエピソードを公開した。 さらに「私は日本旅行には二つの種類があると思う。 それぞれ行く日本旅行、そして私と行く日本旅行」と肩をすくめた。

/写真=KBS
/写真=KBS

チャン·グンソクは「幼い頃は贅沢品が大好きだった」とし、ラグジュアリーライフも見て回った。 彼は「R社の高級車が韓国に初めて売り場を開いた時、私が2番目の顧客だった。 その時は車が6~7台あった」と話し、口を大きく開いた。 彼もしばらく「秘密で車を買ったが、両親に明細書がばれた。 その足で家を出て一週間家出した。 車で寝たりもした」と付け加えた。

この日、チャン·グンソクは「芸能人病が深かった」、「見栄は私の好(號)だった」として各種イメージをクールに認めたりもした。 彼は「芸能人のバンをとても自慢したくて、友達と会うカムジャタン屋にバンを直接引っ張って行ったりもした。 駐車中にインドに車を全部掻いて食べた」と明らかにしたり「韓国の上位0.05%だけが発給されるブラックカードを受け取りたくてカード会社に直接電話をしたことがある。 「私くらいでいいだろう」と思ったが拒絶されて衝撃を受けた。 3回目の試みで承認を受け、今までうまく使っている」と明らかにし、笑いを誘った。

そうかと思えば人生作品として「ファン·ジニ」を選んで当時を回想したりもしたが「ハ·ジウォン姉さんとのキスが私の初めてのキスだった」とし「その時20才だったが、心臓がドキドキして大騒ぎになった。 先輩たちからアドバイスもたくさんもらった」と初々しいエピソードを伝えた。 同時に「実際に当時、ジウォン姉さんが好きだった」として「俳優の方々は分からないが、互いに私心があれば編集室で全て知っていた」としてドラマ界の秘密を耳打ちし興味を加えた。

また別の代表作である「ベートーベンウィルス」に対しては「その時は男性病にかかって何をしても体に力がたくさん入っていた。 天のようなキム·ミョンミン先輩に負けたくなかったので、撮影場で私的な会話をほとんどしなかった。 神経戦よりは役割の緊張感を維持したくて距離を置いたのだが、後悔している。 今だったらお兄さんに助言もたくさん求めたと思う」と打ち明け、一層成熟した姿を見せた。

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